ぼっちのつらさ

ぼっちは正直苦しいことが多い。周りのみんなは仲良くおしゃべりしてるのに自分だけ独り(もちろんLINE通知は0なのでスマホも見ない)とか、遊びに誘われないとか、テスト情報回ってこないとか。。。

苦しいのならなんで、ぼっち脱出に努力しないの?と思われる方もいらっしゃるだろう。いいや、努力はした。一応。それなりに。

でも無理なんだよなぁ・・・自分の興味ないイベントやお話にはそっぽ向いちゃう。相手に興味関心を持てない。そんな人間にとって、複数人との行動を不可能なのです。

もちろん、些細な会話ぐらいはできますよ。あの映画みたとか、風邪になったとか・・・。でも核心の部分。相手の趣味とかの話は聞けない。おすすめのCD借りてきいても全然心に響かない!感想に困る!試合観戦もつまらない!っていうかスポーツきらいだし!

遊びに行くのも自分のうちの近くまでで、遠くなんか行きたくないし、テーマパークも疲れるからやだ。っていうか、勇気出して誘ってもOK出たことが一回もない!

サークルみたいに不特定多数の中に入り込むのなんか酸欠になる!自分の無知さやつまらなさを晒したくない!

つまり、結局のところ、ぼっちのほうが好きなんです。それなのに、冒頭に書いたようなわがままがふと心に浮かび上がってくるのは、人間らしいといっちゃあ人間らしいなやみじゃないですか?

前のブログで、「孤高とぼっちは違う」と書きました。じゃあ、僕は孤高を目指しているのか?・・・というと微妙です。孤高とは、goo辞書によれば「俗世間から離れて、ひとり自分の志を守ること。」とあります。俗世間から離れる、なんていうとまるで山籠もりの修行僧みたいで大げさになっちゃうから、少し意味を弱める方向にしましょう。ある意味俗世間的な遊びや付き合いは今現在は皆無に近いです。じゃあ孤高?ではなくて、自分の志が大事なんですねぇ~。そんな「志」なんて崇高な言葉は僕の辞書には存在しません。そういうところでも屑っぷりを見せてくれますね!

しかも、俗世間から離れるなんてこと怖くてできません。どこかで、羨ましくも思っています。つながりは持ちたいです。当たり前ですよね。だから孤高は偉いしすごいんです!

というか、僕はこの「ネット」とう俗世界にどっぷりつかってしまっています。正直ネット中毒者かもしれません。2chは見ます!全然だめじゃん!

結局、ぼっちというのは、怠惰な寂しがり屋さんと僕は結論付けます。ぼっち楽しいって言ってる人は、孤高であると自分で名乗っていいと思いますよ。だって、その言葉からは、「己の道をただ進んでいる」というオーラがひしひしと感じられますもの。