糞大学生のブログ

ぼっちです。そして留年へ・・・

おじいちゃんの話

僕が鬼トレを渡したじいちゃんに会いにいってきました。やっぱり・・・鬼トレやってなかった。まぁいいか。やりたいことやって、やりたくないことはやらなくてもいい年でしょう。でも、本人がボケるとか、暇だとか愚痴言いまくってる時に、俺の鬼トレ見てほしがったから、買ってきたのにな~。体力の問題でしょうか。

会いに行くたびに、聞かされるおじいちゃんの人生をまとめます。

○戦中

10代を1930年代に過ごした人なので、戦争のお話は豊富です。空襲、出兵、慰安婦等・・・。

空襲で飛行機から射撃がされたら、飛行機が来る方向に向かって逃げるのがテクだったそうです。射撃は飛行機の前方にされるので、飛行機と同じ方向に逃げてもしょうがないんだとか。そして、学生の時に兵隊さんになりたかったそーですが、目が悪かったので試験におっこたそーです。たぶん、そのおかげで生きてるんだろーな。慰安婦は、実際に見たことはなかったそうです。しかし、戦中に帰ってきた兵隊や、戦後に日本に帰ってきた戦争経験者から話を聞く限りでは、今問題になっている朝鮮慰安婦だけでなく、日本の地方からも慰安婦いたこと、そして、扱いは乱暴だったということは確実だそーです。

○戦後

終戦直後は、みんな東京から離れました。ごはんもないし、家族のいる地元に帰っていたからです。そんなとき、東京が地元だったおじいちゃんは、ひょっこり東京にある会社の面接に顔を出します。そして、今の超大手保険会社の前身に難なく入社することになります。人手がなかったので、面接で即OK。その結果おじいちゃんは、後々かなり裕福なります。

ただし、当然苦労も多かったそうです。今の大企業とはいえ、当時は終戦直後。月給もすくなく、食うものに困ったとか。月給があがりはじめると、今度はインフレが起こって、結局満足に飯は食えない日々が続いたそうです。インフレやーね。

経済が復興してくると、大卒の若手たちが入社してきます。慶応・早稲田・一橋・・・と有名な大学の出の人たちです。東大卒の人が保険会社に入ることは当時は余りなかったそうです。彼らは、頭が非常にいい。住んでる世界が違うと感じることが多かったそうです。話してる内容がわからんのだってさ。高校?の途中で工場で働かされて、終戦したらすぐに東京で働きだしたおじいちゃんと、名門大学卒の優秀なお兄様たちですから。しょうがないんでしょう。おじいちゃんは、特に一橋出身者を理屈屋とみなして嫌っていたそうです笑。

 

 

後色々話してたけど、もう忘れてしまった。行くたびに、何回も同じ話をするので、せっかくだからまとめました。年寄りの話は大事にしなさいというけどねぇ。

おわり